ブータンに日本の給食は届くのか?

ベテラン「給食のおばさん」が新天地ブータンで子供たちとふれあった記録

おかずが豊富でデザートまでついてくる日本の給食は、世界でもトップクラスの充実度を誇っている。その裏には、毎日何百人もの児童のために調理を行う「給食のおばさん」の努力がある。日本人にとっては当たり前の職業である給食のおばさんも、世界レベルで見るとスーパーウーマンのような存在なのである。

 そんな給食のおばさんが外国で、その実力を振るったらどうなるか?『給食のおばさん、ブータンへ行く!』(飛鳥新社)は還暦を目前にしてブータンで給食を作ることになった、平澤さえ子さんの奮闘に一喜一憂できる紀行エッセイである。給食を通して生まれる異文化の交流に、爽やかな感動が生まれるだろう。

 平澤さんはシングルマザーとして育児に奔走しながら30年間、東京で給食調理員の仕事を続けてきた。そんな彼女の転機は2011年10月に訪れたブータン旅行である。当時の日本はブータン国王夫妻が来日し、東日本大震災直後の被災地を訪問するなどしてブータンブームが起こっていた。平澤さんも熱心にブータンの情報を収集し、思いを深めていく。そんな中、参加していたブータン勉強会の運営スタッフから給食改善の話をもらい、「ガッツポーズ」で平澤さんはブータンへと渡ることになった。

 しかし、観光ではなく仕事として訪れたブータンでは、さまざまなトラブルが多発する。平澤さんが向かったのは南部サルパン県、ゲレフにあるロセル高校。到着後、歓迎会もないまま、いきなり教師たちに「夕食をつくってよ」と頼まれる。しかもキッチンにあったのはしなびた野菜や、パサパサのパン。仕方なく間に合わせでサンドイッチを作る平澤さんだったが、包丁が小さすぎて野菜も上手く切れない。苦心だらけの「初調理」だったが、待っていたのは意外な好評だった。

「こんなの食べたのはじめて!どうやってつくるの?美味しいよ!!」
 それほどまでに、ブータンの学校では整った調理がなされた給食に飢えていたのである。前途多難を思わせる一幕だったが、同時に、美味しい料理は国境を越えるのではないかと読者を期待させてもくれる。

 翌日からも、次々に問題は発生する。レシピの書かれたノートを日本に忘れていたり、オーブンと間違えて電子レンジが購入されていたり、味覚の違いに悩んだり…。また、マイペースすぎるブータン人にも翻弄されっぱなしだ。給食を作りにきたのに、やっていることといえば生徒へのクッキングクラスばかり。「クッキングクラスのある学校という実績をつくりたいんだな」と納得し始めた頃、唐突に寮生70人分の給食を前日に依頼されてしまう。

 しかし、もっと驚くのは平澤さんが困難に突き当たるたび、挽回策を考えて臨機応変に調理を進めていくことだ。たとえば、クッキーを焼くオーブンがないなら、フライパンを使う。調理の時間がないなら素早くできるメニューを考え、クッキングクラスの生徒に手伝ってもらいながら間に合わせていく。平澤さんが日本で培った調理のノウハウも、至るところで活かされる。日本の生徒に好評だったスペイン風オムレツなどのメニューをブータンでも取り入れていくのだ。たとえレシピ通りの方法ではなくても、美味しい料理ができるなら、問題は解決する。そんなポジティブシンキングには学ぶべき点が多い。

 子供たちとのふれあいや、王族にお菓子を献上する顛末など、心温まるエピソードももりだくさんだ。全体で印象的なのはとにかくおおらかなブータン人の性格である。几帳面な日本人からすれば、ときに呆れてしまいそうになるが、視点を変えるとブータン人の人生観が見えてくる。平均寿命が短く、死が身近にあるブータン人は「いまを大切に生きている」と平澤さんは考える。

「いま、自分は何をしたいんだろう?」
このように考えるタイミングが一日に一回でもあれば、目に見える世界が変わる。
 平澤さんはその後も、日本とブータンを往復しながら、広くブータンの給食改善に関わっていく。何歳になろうと変わる勇気さえあれば人は変われるし、楽しむ気持ちさえあればどこだって天国になる。平澤さんの経験は、貴重な教訓を日本人に伝えてくれるのだ。

文=石塚就一

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